[1]訪問診療リポート 〜三つ葉在宅クリニック〜
レポート:東海ターミナルケア研究会(2006年12月)
■カンファレンスから始まる在宅医療
「お酒が大好きで、『俺は煙とアルコールで生きている』という豪快な人です」
「病院で抱えきれない薬を貰ってきていますが、それで安心されているので良いですね」
三つ葉在宅クリニックのカンファレンスでは、医療情報以外にもこうした患者情報が飛び交う。「患者自身が選ぶ暮らし方を尊重し、それを実現するより良い方法を選択していく」という姿勢が基本にあるためである。
カンファレンスは毎日朝晩行なわれ、それぞれの受け持つ患者さんの状況を逐一報告しあう。綿密な情報交換を行うのは、「主治医制であっても、夜中にかかってくる電話には全ての医師が対応できなくてはならない」という事情もあるが、「在宅医療への理念や方向が医師の間でぶれないようにすること」を重視していることも大きな理由である。
また、「あの流動食をレシピ通りにつくるのはかなり大変らしい」「介護休暇をとっているご主人の精神状態が心配」など、介護者の立場に立った発言が目立つ。患者さんが主役である事は当然だが、在宅医療では「介護者が在宅医療を受け入れ、よい状態で参加すること」が結果的に患者のよい状態に繋がることが多いためだ。
カンファレンスは、パソコンに入力された情報をプロジェクターで大きく映し出して行なわれる。新しい情報は訪問先でパソコンを開いてどんどん入れていく。さらに、訪問先では、処置や身体状況と合わせて、患者の生活状況や患者の家族の様子をわかりやすく要約し、プリントアウトして置いてくる。これにより、家族・訪問看護師など患者にかかわる在宅医療チームの情報共有化が図られている。
■訪問診療同行ルポ
その日、最初の訪問先はお酒好きのAさん。Aさんは一人暮らしで、口腔底がんと食道がんを患っているが、「酒やタバコを止められる」病院には行かないと決めている。時々飲み過ぎて転倒し病院に担ぎ込まれるが、意識が戻るや否や脱走して帰ってくる程の入院嫌いで、在宅以外の選択肢はないという。
「病院はお嫌いでも在宅での診療は良いのですか?」と尋ねると、「この先生は『酒止めろ』って言わないし、悪いところはちゃんと診てくれるし、満足だね。言うこと無し!」と声を張る。舩木医師は、飲みすぎでふらついているAさんを椅子までサポートしながら、テーブルの上にある「汁を吸いきったカップうどん」に目を走らせる。「あんまり食べてないですか?」の問いかけにも曖昧な答えであったので、「血糖値を測りますね」と検査に入る。
Aさんは、医師・訪問看護師・ヘルパーに支えられてこそ、“最期までお酒を飲み続けるというライフスタイル”を安心して続けることができる。Aさんからは「一人暮らしのがん患者」という言葉にイメージされる孤独感は感じられず、「在宅医療者たちに温かく見守られながら好きな人生を生きている」という潔い満足感が伝わってきた。
次の訪問先は、老舗のうどん屋のご主人Bさん。大腸がんの後に胃がんを患い、今年6月に余命3ヶ月を宣告されて家に戻ってきた。衰弱はあるものの、半年経った今も在宅医療を続けている。
介護者である奥さんが「熱があり、せきも苦しそう」と心配そうに訴えると、舩木医師は早速苦しそうに咳き込むBさんを診察。抗生剤の種類を変え、そのため1日2回の点滴となることを話す。すると奥さん自ら、自分で点滴を行なうことを提案し、すんなりと決まる。これまでも積極的に介護者としてかかわってきた奥さんを、チームの一員として信頼している様子が伺える。
婦人は「入院だったら、お見舞いに行った時に先生に会える事はまずないし、たとえ偶然会えたとしても、お忙しそうでとても話はできない。今は家でゆっくり話ができるし、夜中にでも電話も出来るので、安心感がまったく違います」と語る。
「ご商売をされながらの介護でさぞ大変なのでは?」と尋ねると、「入院のときは『大丈夫かしら』といつも気にしながら仕事をしていました。今はこの部屋に来ればいつでも状況がわかるし、先生や看護師さんがいつでも来てくださるので、本当に安心して暮らすことが出来るようになりました。」と介護疲れの片鱗も感じさせないおだやかな笑顔で答えてくれた。
「在宅医療を本当に支えているのは、何より家族の愛情なんですよ」という舩木医師の言葉そのままのBさん夫婦であった。
次に伺ったのは、がんが全身転移している女性Cさん。看取りの話をしている段階であり、家族への対応も慎重になっている。実は、ご主人の精神状態があまりよくないと見ており、「奥さんが病気で亡くなっていくことの受け入れが不十分なのではないか」と舩木医師は心配している。
診察をし、静かに話しかけるとCさんはかすかに頷く。介護者であるご主人は、Cさんの横たわる部屋には近づこうとせず、台所に行ってしまう。舩木医師は診察後、亡くなる直前の呼吸の変化や会わせたい人への連絡について、声をひそめてゆっくりとした口調でご主人に話す。命が消えようとする妻の傍に行くことができないご主人に「聴覚は最後まで残ると言われていますので、話しかけてあげてください」と告げて明日の来訪を約束した。
Cさんはもともとパニック障害があり、入院時には夜眠ることが出来ず、在宅に切り替えてからゆっくり眠ることができるようになった。ご主人の精神的負担は大きかったと想像されるが「もしずっと病院にいたら全て病院任せで、かかわりをほとんど持たないままお別れになってしまった可能性が高いと舩木医師は考える。
「心身共に元気で愛情溢れる介護者」がなくては在宅医療が存在できないというわけではない。「その家族の中で、より良い選択をし続けることが在宅医療の本質なのだ」という。また、全身転移であっても、最期のこん睡状態は本当に穏やかなものになる。医療現場では「最後まで処置を続けることを使命とする」という考えも強く、家族もそれを求める傾向が強い。医師にとっても、家族にとっても「ただ見守る」ことは辛いことだ。
「本当に安らかな最期を皆が理解し、共有することもチーム医療の重要な役割だ」ということも、三つ葉在宅クリニックの理念の一つでもある。在宅医療の最も辛い場所を立ち去ったにもかかわらず、Cさんの周りに流れていた安らかな空気が最も強く印象に残った。
■在宅医療の充実と普及に必要なもの
舩木医師が何度も口にしたのは「僕はヒーローになりたいわけじゃない」という言葉だ。「どこかの町にたまたま献身的な在宅医療を実践する医師が存在したから、在宅医療がうまくいった」というのでは全体の底上げに結びつかない。「わざわざ買いに行くブランドミネラルウオーターではなく、いつでもどこでも安全な水を供給できる“水道水”のようでありたい」という。
そのために重要であるのが、医師、看護師をはじめとする在宅ケアチームが理念を共有し、1箇所で抱え込まないようなシステム作りだと舩木医師は考える。個人の力量のみで乗り切ってしまうと、その個人が欠けたときに、全てが崩れてしまうからだ。優れたシステムは一人のヒーローに勝るということである。
また、三つ葉在宅クリニックの患者の多くは、病院のケースワーカーやケアマネージャーの紹介であり、個人で問い合わせをするのはよほど困り果てた人である場合が多い。そんな中『第3者機関による患者と在宅医療チームを結びつける機能』の必要性を痛感している。医療機関や福祉組織にはそれぞれの考え方があるし、患者のニーズもそれぞれ違う。そのため、どちらとも距離を置き、客観的に両者をマッチさせる制度が、在宅医療を地域医療として根付かせ成長する条件となると舩木医師は考える。
一方、在宅医療の潜在的ニーズに比べ、在宅医療の受け皿はまだまだ不十分だという現実もある。在宅医療を行う医師が増えてこそ、医師同士が連係を深め、切磋琢磨しあうことも可能となる。医師に限らず、訪問看護師など他の専門スタッフも含めて多様な提供者があってこそ、受け手はそのニーズを満たすための選択を行なえる。若い医師たちの間では在宅医療に対する関心は高まりつつあるが、病院という大きな組織を離れることへの抵抗を感じるものも多い。三つ葉在宅クリニックの医療活動には、若い医師たちに「あれなら自分たちも実現できる」と思ってもらえるような刺激剤としての役割を果たしたいという想いがある。
■患者側に求められるもの
では、受け手側の我々には何が必要なのだろうか。病院で医師の考えを基準に治療を受けることが、ある意味「楽」であるという側面があるのも事実であろう。今回取材した在宅医療の形は、まさに3者3様であった。そして、それぞれの事情と変化に合わせてチームが動くことが在宅医療であるということを実感した。患者側は、どんな治療を望み、自分たちがどう変化しているかを伝えることで、患者も介護者もチームの一員となる。
舩木医師の口癖でもある「ベストではなくベターを求め続ける」。この考え方を私たち受けて側も持つことが、これからの在宅医療をより充実したものに変化させていく原動力となるのではないだろうか。それは、患者側が一人で抱え込まずに、各専門スタッフとコミュニケーションをとり、共に関わりあっていく姿勢を持つことに繋がっていくであろう。




